対人援助職のストレス

対人援助職には、医師をはじめ、看護師、ケースワーカー、理学療法士、保健師、介護士、臨床心理士などが挙げられます。

こうした従事者もまた、ストレスを考えることがあることに変わりはありません。ストレスとは何をもたらすものかという内容は後にして、どのようなストレスがあるかを想像してみたいと思います。

対人援助職

このページの他に、上記ページにも話が続いています。

対人援助職とその周辺環境

一昔前と比較して、医師が記載する書類は莫大な量になりました。通常の診療以外にも、事務机に座って仕事を進める量が格段に増えています。病院によっては、医療クラークなどを配置し、医師にかかる事務的な業務を分散させようと考えているようです。時代が進むにつれて、医師の事務作業量は、数倍にもなったと聞くことがあります。当然診療を減らすわけにはいきませんから、事務作業がどんどん上乗せされていったという光景が想像されます。

リアリティショックでも挙げたように、対人援助を志す人が、必ずしも、対人援助のみを行えるわけではないという現実があります。これは対人援助の分野に限らず、同様のことが言えると思いますが、病院も例外ではなく、本来的なこととは別に会議や書類作成に多くの労力を使う必要があるのです。

今日も診療に臨もうとする前に、何やら委員会の資料が届いており、目を通さなければならないのです。細かい文字が並び、以前に決まったことがまた変更になったなどと書いてあります。以前の資料と比較するために、資料を探し出そうとすると、別な書類に埋もれており、多くの時間を費やすのです。こんな光景は日常茶飯事かも知れません。

看護師

ナースステーションさて、ストレスの内容に触れる前に、対人援助職の職種についていくつか触れておきたいと思います。

まず、看護師は現在100万人以上の人が就労しています。多くは病院の病棟看護師という内訳になると思いますが、病棟に限らず、クリニックや企業、福祉関係施設、訪問看護ステーションなどで従事している職種です。また、准看護士も含めれば、さらに人数は増えて行きます。

100万人以上もいれば、そのストレスは多種多様にわたるものと考えられます。書店には、ナースのストレスに関する書籍が時々目に入ります。ですが、医師のストレスに関する書籍は滅多にお目にかかりません。

医師

医師は、多くの人が知るように、非常に多くの勉強や労力、費用を必要とする職種です。外科医もいれば、内科医もいて、専門とする診療科目は細分化される時代になりました。数十年前までの医師の勤務形態は、大きめの病院に所属することが多かったのではないでしょうか。現在では、クリニックが比べ物にならない程に増えました。

また、医師不足という言葉を何度も耳にした記憶がないでしょうか。社会の変化とともに、医師を取り囲む環境も大きく変化してきました。

その他の職種

医師と看護師以外の援助職は、まだまだありますがどのくらい認知されているものでしょうか。名前は知っていても、その専門性まで理解されているとは限りません。比較的歴史の浅い資格もあるため、浸透までもう少し時間がかかるということもあるのだと思います。

ストレスの内容

それでは、全てを網羅することはできませんが、幾つかのストレスについて触れてみたいと思います。

テクノストレス

テクノストレスは、対人援助の現場でも同様のことが言えると思います。病院も電子カルテを導入する傾向がますます強まり、導入しないにしても、多くのことはパソコンを用いることになります。IT機器の導入は、対人援助職の活動に良くも悪くも大きな変化をもたらしたのではないでしょうか。また、何か機械的になっていくような対人援助の現場に疑問を感じるという人も中にはいるのではないでしょうか。

多職種のチームワーク

さて、ここでもう一つ、対人援助職同士のチームをどのように舵取りしていけるかというテーマがあります。医療従事者を例にとれば、医師がその役割を担うことが多くなります。 

病棟や外来で診療を終えたのちに、多職種合同で会議などある場合には、医師が司会進行、場合によっては会議資料の作成まで担うことがあるでしょう。

そして、何よりも大事なことに、チームを機能的にしていくことが大事なことになります。それには、医師は多職種の専門性を熟知した上で、コミュニケーションを交わし、時には指示も出していかなければなりません。もし医師が独りよがりになんでも強行していくような態度であれば、そのチームはなかなかうまくいかないことになるかもしれません。また、医師は、他の専門職同士の疎通に関しても意識を向ける必要があるでしょう。また、病棟においては、多くの看護師がいて、師長などとのコミュニケーションも大事なことの一つです。医師の責任という事ではないのに、チーム内の起きる葛藤の矛先が医師に向けられてしまうこともあるのではないでしょうか。

日進月歩

医師にや看護師などの医療従事者に限らず、対人援助職の専門性は日々進歩、変化していきます。数年前に標準的だったことが、古い方法に分類されたり、法律が変わったり、新しい概念や理論が登場することがあります。

研鑽は生涯続けられるものであり、援助職としての本質は変化がないこととしても、どんどんと新しく学ばなければいけないことが増えて行くことは確かです。

義務付けられた研修もあれば、自主的に計画する研修もあります。年間何百時間も研修に費やすという場合もあります。場合によっては、経済的な負担に話が及んでしまうほどのこともあるのではないでしょうか。多くの場合、職場が研修費を負担する限度はあらかじめ決まっています。偶然、経済という言葉が出ましたが、この経済と対人援助の狭間で葛藤している人も多いのではないでしょうか。実際、経済的な事情で病院が幾つも閉鎖されたというようなニュースを目にしたことがあると思います。またドラマにもよく取り上げられるテーマです。

まとめていくと、対人援助そのものへのことというよりは、援助職を取り囲む制度や環境面からのストレスが浮かび上がっていきます。もちろん対人援助の道を歩むことは簡単なことではなく、そこには多くの成長を求められる職種であることに違いはありません。この点は、下記の方で改めて触れます。

ストレスケア

ストレスの意義に触れる前に、何か対人援助職向けのストレスケアの方法がないものかまとめてみたいと思います。

一般的なストレスケア

対人援助職特有ではありませんが、一般的なストレスケアには充分や休養や睡眠、入浴、適度な運動などがあります。

うっかりして時間ばかり過ぎてしまうこともあると思いますが、時には自分の時間を持つことには意味があるように思います。

充実感

対人援助職を志す人の中には、やはり人の支援を行いたいとする気持ちが強いのだと思います。数多くある職業の中で、対人援助という分野を選んだわけですから、当然のことと言えるかもしれませんが、支援することに充実感を覚える面も当然あると思います。

しかし、人と関わることを中心に考えていた人にとって、上記のような環境下では、いったいなんのために看護や医学の勉強をしたのか、自分の方向性を見失ってしまうこともあるのではないでしょうか。同じ8時間という勤労時間でも、その内容によっては、感じ方が全く異なってくるのではないかとさえ思います。ここに対人援助職の葛藤が垣間見えてきます。充実感を得て行けるような方向が見つかってくるとそれはそのままストレスケアになっていくとも言い換えられると思います。

専門性を使ったストレスケア

対人援助職として活動するために得た知識や技術は、自分自身のセルフケアに役立つこともあるのではないでしょうか。もちろん法的に使用できないことはたくさんありますが、それでも非専門職と比較すると、専門的なケアとの親和性は高いはずです。

例えば漸進的筋弛緩法は、セルフケアに使える方法です。またストレスケアのグループを作るという方法もあります。

もし筋弛緩法の手順がわからないような場合には、同僚の臨床心理士に聞くなどできる環境にあるわけですから、対人援助職特有のケア方法が幾つか見つかるのではないでしょうか。

援助職がストレスを感じるという意味

最後に対人援助職がストレスを抱える意義について述べます。

考え方はいろいろあると思いますが、援助職者自信が、ストレスを体験することには、援助職としての資質を高める作用があるとも考えられます。

例えば、リアリティショックにしても、援助職が近い体験をもっていると、働く人の迷いにどこか共感めいたものがうまれるとは考えられないでしょうか。

私はリアリティショックなんて体験するはずがない・・・と考えていると、この体験を見逃してしまうことになりますが、こうした体験は援助の幅を広め、深め、意味のあることに思えます。

一つのイメージになりますが、日常であった素朴な体験が、その人を援助職の道へと向かわせるということもあるのではないでしょうか。もちろんドラマを見て憧れたという人も多いと思いますが、家族が怪我をした際に、非常に身内を心配する別な家族が、入院した先の医師や看護師はじめ医療スタッフが非常に親切であったことに支えられ、勇気づけられたという体験をした人が、将来援助職の道を選ぶということはきっとこれまでもあったのだと思っています。

このような場合、自分自身の体験が一つのきっかけとして作用することになります。

このようなことを考えて行くと、ある種、援助職の元型とも言えそうなイメージに辿り着くのではないかと、考えを深めているところでもあります。

もちろんすべてのことを自分の体験だけで推し量ることは不可能でありますし、そこには主観的になりすぎるという罠も潜んでいることでしょう。

ストレス対策とか、ストレス解消という視点も大事ですが、このような意味について考えて行くこともまた別な恵みがあるのではないかと、そんなことを感じます。

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